- 10年にわたって日銀を率いた黒田東彦総裁が退任し、植田次期日銀総裁は日銀の異次元緩和政策を新たな視点で検証すると見込まれている
- 日銀の金融政策について三つのシナリオを仮定し、投資家のポートフォリオへの潜在的なインパクトを評価した
- 「緩やかな政策正常化シナリオ」では、仮想的なモデルポートフォリオは0.3%のリターンを獲得した。「全面的な引き締めシナリオ」と「ハト派的政策シナリオ」では、同ポートフォリオのリターンはそれぞれ6%と3%の損失となった。
10年にわたって日本銀行(日銀)を率いた黒田東彦総裁が退任し、4月9日には新たな総裁が就任する。次期総裁として正式な任命を待つのは、経済学者であり日銀の前審議委員でもある植田和男氏。植田氏は、日銀の異次元緩和政策を検証すると見込まれている。黒田体制の「部外者」である植田氏により日銀の政策が転換する可能性はある。それでは、それは日本の機関投資家にとって何を意味するのだろうか。我々のシナリオ分析のベースラインシナリオである「緩やかな政策正常化シナリオ」においては、内外株式と日米国債で構成された仮想モデルポートフォリオは0.3%のリターンを獲得した。他方で、「全面的な引き締めシナリオ」、「ハト派的政策シナリオ」といったあまり好ましくないシナリオにおいては、同モデルポートフォリオのリターンはそれぞれ6%と3%の損失となった。
日本の金融政策と考えられるシナリオ
物価に影響を与えるのは金融政策1のみではないが、日本のインフレ率は黒田総裁が就任した2013年以降、パンデミックの影響により2020年にマイナスとなるまで、おおむねプラス圏で推移してきた。2022年には輸入物価の上昇によりインフレは加速したが、日銀の最新の見通しでは、エネルギー価格上昇や円安といった輸入物価の押し上げ要因が剥落すると見込まれることにより、インフレ率は2023年度に2%を下回ると想定されている。
日本のインフレ率は2022年に急上昇
出所: 政府統計の総合窓口(e-Stat)、 MSCI
こうしたデータにもとづくと、継続的なデフレの状況は過ぎ去ったとみられる。その裏で、ETF市場の流動性の問題や債券市場の価格発見機能のゆがみといった金融緩和の副作用の議論が続いている。日銀自身、2022年12月の政策決定会合において債券市場の「機能が低下している」との認識を示し、イールドカーブコントロール政策を緩和する措置を講じた2。
植田氏は現行の異次元緩和政策はいずれかの時点で検証される必要があると発言している。一方で、経済の状況を考慮すれば金融緩和は「適切」かつ「継続が必要」とも強調している3。 こうした背景をもとに、本稿では日本経済と日銀の金融政策に関して三つのシナリオを描く。金融政策に対する植田氏のバランスの取れた見方を反映し、緩和的な金融政策を維持しながらも緩やかに政策正常化を進めるというシナリオをベースラインシナリオとした4:
- 緩やかな政策正常化: 米国金利は高止まりするものの景気は緩やかに拡大。グローバル景気において一段の下振れリスクは顕在化しない。日銀は政策正常化を目指すものの、緩和的金融政策を維持するため、正常化は極めて緩やかに進める。景気回復により米国と日本の株価はともに上昇する。FRBが最終的に利上げを止める一方で日銀は政策正常化を目指すため、円はドルに対して上昇する。
- 全面的な引き締め: 各国中銀はインフレ抑制に失敗し、一層の利上げをせざるを得ない状況となる。海外の物価上昇圧力が輸入物価を通じて日本に浸透する。長引くインフレ圧力により日本の消費者のインフレ期待が上昇。日本のインフレ加速を前に日銀は全面的な金融引き締めに追い込まれる。株式と債券価格はともに下落する。円はドルに対して下落する。
- ハト派的政策: インフレ退治の結果として米国は景気後退に陥り、FRBは利下げに転じる。経済状況の悪化を前に日銀は政策正常化を棚上げし、資産買い入れプログラムを拡大する。景気後退により日本と米国の株価は下落する。米国の名目金利は日本の名目金利より大きく低下するため、円はドルに対して上昇する。
シナリオにおける想定
シナリオの想定は MSCIマクロファイナンスモデル、過去データの分析、そして定性判断にもとづく。これらは将来の予測ではなく、マクロ経済のシナリオがどのようにマルチアセットポートフォリオに影響を与え得るかを示すためのストーリーの一例である。ブレークイーブンインフレ率(BEI)はベーシスポイント (bps)単位で示している。
日本の投資家のポートフォリオに対する潜在的な示唆
上記シナリオが日本の機関投資家のマルチアセットポートフォリオに与える影響を考えるにあたり、我々はMSCIのストレステストの枠組みを用い、内外株式と日米国債で構成された仮想的な合成ポートフォリオに適用した。以下のグラフは資産クラス別のインパクトの詳細を円建てで示している。
それぞれのシナリオにおける資産クラスへのインパクト(円建て)
2023年1月31日時点の市場データにもとづく。ストレステストの結果は資産の値上がり・値下がり効果のみを捉えており、インカムゲインは考慮していない。日本株はMSCI Japan Index、海外株はMSCI ACWI ex Japan Index、米国国債は MSCI USD Government Bond Index、日本国債は時価総額加重のカスタム日本国債ポートフォリオでそれぞれ代替している。合成ポートフォリオは上記4資産の等ウェイト加重ポートフォリオである。
日銀の将来の政策は日本の株と債券にとって重要なファクターである。他方で、内外資産に分散されている合成ポートフォリオのリターンは海外要因の影響も受ける。我々の「緩やかな政策正常化シナリオ」と「ハト派転換シナリオ」においては、米国国債価格はドル建てでは上昇したが、円建てで見ると、その利益は円高ドル安の為替効果により相殺されてしまった。一方で、「全面的な引き締めシナリオ」においては、円安による為替効果がグローバル株と米国債券の価格下落による損失を部分的に埋め合わせる結果となった5。
我々の分析結果は、同じ資産クラスでもそのリターンはシナリオの内容により大きく変わり得ることを示唆している。不確実性を前に、投資家は潜在的なシナリオを幅広く想定して評価し、適切な戦略を検討することが必要になるかもしれない。
12%のインフレ目標達成のため、日銀は現在「長短金利操作付き量的質的金融緩和」政策を実施している。この政策のもと、日銀は政策金利と10年国債利回りを操作しており、またETFも購入している。
2「当面の金融政策運営について」日本銀行2022年12月20日
3“Factbox: Kazuo Ueda: Who is the new Bank of Japan governor and what can we expect from him?” Reuters, Feb. 10, 2023.
4海外経済のシナリオについては、 当社の最近のブログ記事 から日銀の決定に影響を与えうる要素を援用した。本分析の「緩やかな政策正常化」「全面的な引き締め」「ハト派転換」シナリオのそれぞれにおいて想定する海外経済シナリオは、上記ブログにおける「baseline」「mild stagflation」「hard landing」シナリオである。
5本分析結果はMSCIの BarraOne®を用いて、ショックをモデル上の相関を通じてポートフォリオに波及させたものである。これらのシナリオのBarraOne® および RiskMetrics® RiskManager® へのインポートファイルは当社のクライアントサポートサイトにて公開されている。
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Four Scenarios for 2023: Navigating Uncertainty